春のやわらかな陽気が背中を押すように過ぎ去ると、紫陽花の葉に粒のようなつぼみが現れ、空気の湿り気が少しずつ濃くなります。雨の匂いが混じる初夏は、わくわくする季節である一方、近年増えつづける豪雨や台風のニュースが頭をよぎると、心に小さな不安も芽生えるものです。
「もし自分の家が浸水したら」「停電でエアコンも冷蔵庫も止まったら」。そんな問いかけは、決して大げさな心配ではありません。国交省の統計によれば、1時間雨量80mm以上の“猛烈な雨”の発生回数は1980年代に比べて約2倍に増え、被害額も年々増加傾向にあります。「うちは川が近くないから大丈夫」とは、もはや言い切れない時代です。
そこで意識したいのが、“避難しやすい備え”だけでなく“そもそも家そのものを被災しにくい構造にする”という視点。
このコラムでは、最新モデルハウスの実例を手がかりに、浸水・停電に“負けない家”をつくるヒントを具体的にまとめました。
「どんな仕組みで水を遠ざけるの?」「停電しても暮らしを回す方法は?」。そんな疑問を解きほぐしながら最後までご案内しますので、ぜひお付き合いください。
想定を超える雨量が当たり前になる今、家づくりの優先順位もアップデート
従来の木造住宅は床下を地盤面すれすれに設計することが多く、30~50cmの浸水でも床上に到達してしまう危険がありました。床が水に浸るとフローリングは膨れ上がり、壁の内部に湿気がこもってカビが繁殖しやすくなります。
修繕費は一部屋だけでも数十万円単位、家全体なら数百万円に及ぶことも。そんな経済的・心理的ダメージを根本から抑えるカギが、「高基礎+高床」の組み合わせです。
床を高くする――“高基礎+高床”というシンプルで強力な盾
最近の新築提案で増えているのが、地盤面から40〜60cm、場合によっては80cm近く基礎を立ち上げる高基礎工法です。玄関ポーチに階段が二段ある家を街で見かけたら、それは床を持ち上げているサインかもしれません。
基礎を高くすると重心が上がるのでは、と心配になりますが、鉄筋量を増したベタ基礎や、一体成形のコンクリート基礎で十分な耐震強度を確保できます。
高基礎は、床上浸水のリスクを下げるだけでなく“収納スペースが増える”という副産物も。半地下のような空間にアウトドア用品や備蓄品をまとめれば、室内の納戸がすっきりします。
モデルハウスを歩くと、床下点検口が大型ハッチになり、人が立たなくても腰を下ろして出入りできる“床下収納+シェルター”仕様を採用している例が見つかります。そこへ食品や飲料水、ポータブルトイレなどをまとめれば、いざという時に迷わず取り出せます。
雨水を敷地外へ逃がす――透水・貯留・排水の三段構え
床を高くしても、敷地に雨水がとどまれば基礎周りでじわじわ水位が上昇します。そこでポイントになるのが、
- 表面で吸い込み
- 一時的にため
- 越水前に排出
という“透水・貯留・排水”の三段構え。透水性インターロッキングや砂利目地を組み合わせたアプローチは、雨粒が落ちた瞬間に染み込ませ、貯留層(砕石または雨水タンク)に導きます。雨水タンクは100〜200L サイズなら手軽に後付けしやすく、植木の水やりや災害時のトイレ洗浄にも利用できる万能選手。最後に側溝や道路の排水管へ緩やかに排出する経路を確保すれば、集中的な雨でも“滞留ゼロ”を目指せます。
外構は後回しにされがちですが、水害対策では建物とワンセットで考えるのがベスト。展示場の担当者に「庭の透水設計まで一緒に見てもらえるか」と聞けば、建物図面と同時に排水勾配のスケッチを出してくれるはずです。
ドアと窓で水を食い止める――“止水ディテール”という小さな守り
浸水は床下だけでなく、雨風に押されて玄関ドアや窓枠のすき間からも入り込みます。そこで近年の玄関ドアは、下枠に三層パッキン+逆勾配水切りを採用し、雨水を屋外へ蹴り出す仕組みを導入。窓サッシでも、外部側(サッシ下のレール)に排水チャンバーがあり、雨を左右に分散させて外へ逃がします。
短時間の強風豪雨では、こうしたミリ単位のディテールが最後の砦になるため、モデルハウスで実物を指先で触れてみると効果がよくわかります。シーリング材が厚く盛られた部分や、ドア下端の金物が“返し”の形状になっているのを確認すると、小さな工夫の積み重ねが大きな防水性能を支えていると実感できます。
停電しても暮らしを回す――太陽光・蓄電池・EV の三本柱
台風や落雷による停電は、水が引いたあとも生活を直撃します。冷蔵庫の食料が痛む、エアコンが止まり熱中症リスクが上がる、スマホが充電できず情報が途切れる。そこで注目されるのが、
- 太陽光発電で日中の電力を確保
- 余剰は家庭用蓄電池に充電
- EV バッテリーを家へ給電 (V2H)
という三本柱です。住宅展示場の電力モニターで、「冷蔵庫+LED 照明+Wi‑Fi」で何時間もつかをシミュレーションしてもらうと、停電時の不安が数字で解消されていきます。V2H の場合、60kWh クラスの電気自動車なら一般家庭の2〜3日分をまかなえる例も珍しくありません。
“蓄電池は高価”というイメージがありますが、メーカーによっては災害・省エネ補助金やZEH支援制度を活用する提案もしてくれます。費用が心配な場合は、必要容量を抑えた5kWh クラス+ポータブル電源のハイブリッドや、太陽光だけ先行設置して後から蓄電池を追加する段階的導入も検討できます。
今すぐできる“小さな防水リフォーム”も押さえよう
高基礎や大容量蓄電池は新築向けのイメージが強いですが、既存住宅でも効果の高い対策はたくさんあります。
- 玄関ドア下端のパッキン交換
- サッシまわりのコーキング増し打ち
- 雨水タンク+簡易ポンプの設置
- 透水性舗装材の敷設、または人工芝から砂利目地へ置き換え
- ポータブル電源(1~2kWh)+折り畳みソーラーパネル
施工費が抑えられ、半日~1日程度で完了する工事も多いため、まずは取り組みやすい箇所から着手し、段階的に住まい全体の防災力を底上げするイメージで進めると負担が少なく済みます。
チェックしながら歩くモデルハウスの“防災ツアー”
- 玄関前で基礎の段差を観察し、スタッフにその高さの根拠を尋ねる
- 建物周囲を一周して排水勾配と外構素材を目で追う
- ドア下端の形状とパッキンを指で触れ、シーリング材をチェック
- 室内で蓄電池・V2H モニターを確認し、優先回路の設定を体感
- 最後に自宅所在地のハザードマップをスマホで示し、同等の条件なら何センチ基礎を上げるべきか意見を聞く
この“防災ツアー”をひと回りするだけで、水害に強い家のイメージがぐっと現実味を帯びてきます。
まとめ――家まるごと守れれば「避難しない安心」も手に入る
豪雨と暴風雨が珍しくなくなった今、家の防災力は必須の性能です。高基礎で床を守り、敷地で雨水を逃がし、精巧な止水ディテールで室内への侵入を防ぎ、非常電源で暮らしを維持する。こうした多層的な備えを、一度に見て・触れて・質問できる場所が住宅展示場のモデルハウスです。
梅雨入り目前の週末、ほんの数時間を展示場に充て、基礎の高さを測り、ドア下のパッキンを確かめ、蓄電池の充放電グラフを覗き込んでみてください。不安は「いつか」ではなく「いま」具体策に置き換えるほど小さくなります。水害に負けない家づくりのヒントは、モデルハウスの扉の向こうにきっと待っています。